いろんなおぼえがき

人に読んでもらうっていう努力が基本的にないです

舞台における脚本・監督家(クライアント)と演者(デザイナー) の話

昨日、友達と話していて面白かった舞台の話題の一つの話をおぼえがき

 

「みんな、舞台ってどこの視点からみてる?」っていう感じの内容

 

本当に大まかというか、多分このあと書いてく文章でニュアンスも変わっていくと思うんですけど、観劇を始めて一年足らず、最近ようやく少しずつ慣れてきて、ずっと思っていた疑問のお話を友達としていました。

 

好きになる舞台ってどういう視点からみてるの?

 

当たり前だと思うんですが、その道の人じゃない限り、舞台って単純に楽しみにしてみにいくものだと思うので、難しいことなんて考えなくてもいいとは思うんですが、話してみるとこれが面白くて。

役者だったり監督だったりしたらお仕事の一環だったりもするかもしれませんし、知り合いだったら頑張ってきたものの発表会を見にいくっていう感じもあるのかな

わたしは本当にただの一般人なので、きっかけは今の所役者さん目当てだったりするんですが、ここの劇団の作るお話は面白いとか、この脚本家さんは自分の好きとあっているとか、少しずつ自分の趣味を理解してきた上で出てくるようになりました。

それを踏まえて、自分が今舞台をみていて思っていることが、なんかちょっと面白いなと思ったので、友達に聞いてみたのが元ネタの話になります。

どこに面白みを感じてるか、っていったほうがいいかな。視点の話というか。

なので友人の話として出しますが、比較対象として分かりやすく友人の話は脚色はさせてもらっています。ごめんな、友人。

 

それで、その「好きになる舞台の視点」の話なんですけど、

 

結論から入ると、

わたしは「脚本・監督が、役者にどんな指示を出しているのかを見てる」

友人は「役者が、監督や脚本家の意図をどう汲み取って演技をしているのかを見てる」

 

この二つの違い、何を一番重要視しているかというか、面白がっているかの話っていったほうがいいのかな。

大多数の人は最初に言った通りに、舞台って普通に楽しみにいくもので、ストーリーや演技が素敵で面白かったら、素直にその舞台が好きだったっていう感想になると思います。実際わたしもそうだし、大前提は置いといて。

そこをもっと細かく分析していくと、

わたしは役者が発するセリフを「脚本家はどうしてこのセリフをあの表現で言わせたのか」を考えてみているのに対し、友人は「役者が脚本家の書いたそのセリフをどう解釈して演技をしてたか」をみてるって意見が分かれたんですよね。

もう完全に見てる視点の違い。同じ場面なのに、立ち位置が変わってみてるの面白いなって。

ただそれだけの話なんですけど、みんなしいていうならどっち派、もしくはもっと違う目線からみてる人もいるのかなとか、考えると面白いって思ったのでおぼえがきにしました。

 

 

もう一つこの話で面白かったのが、役者が変わる再演や、ダブルキャストがある舞台の話。

わたしは上の理由から、その話自体が好きだったら誰が演じてもそれはそれとして、その人の解釈として舞台を楽しめると思ったんですが(もちろん役者の演技力に左右されるし、結果的には誰の演技の回が好きだったってのは絶対にでてきます)

友人は、基本視点が演者なので、脚本家が出した指示を自分と同じ解釈をした演者の回だけが好きだっていう話になったんですよね。

 

複数で同じ役を演じる演者たちががそれぞれ、監督や脚本家の言葉をどう汲み取ったかを見るのを楽しむか、

はたまた、

脚本、監督家が提示したストーリーの解釈が自分と一致している演者の舞台のみを楽しむか。

 

多分これ、圧倒的に後者のほうが多いですかね。

ちなみに理論上ではこうであるって話なので、実際の行動としては反映されてません。まだハマりたてだから、再演とか1つの舞台に何回もいけてないんですよ……

でも今後、もっといろんな考えがでてきるかなぁって思うと、それもそれえ舞台って楽しいなって思います。

 

 

ここから先はおまけの自分たちの話なんですが、

わたしと友人は同じデザインを習う学校に出てて、結果友人はデザイナーになっていて、わたしはデザイナーにはなれないなってその道に進むのをやめました。

わたしが辞めた理由は「誰かの作りたいものを形にする」というのができないと思ったから。

友人は、そこに面白みを感じてデザイナーをやっています。

舞台における演者さんもある意味脚本監督という、表現を託したいクライアントがいて、それを形にするのが演者さんなんだなーって彼女の話を聞いていて面白いなって思いました。

実際自分がどんなに役者を好きになって憧れても、やるなら演者より監督や脚本だなって思ってたりするのも、根っこの部分が自分を消して誰かの作りたいものを形するっていうことができないと思ってるんでしょうね。

もちろん演者によっては自分を消すんじゃなくて、自分に落とし込むタイプの人や、そこに個性をだしている人もいるとおもいますが。この友人がもし役者なら、完全に自分を消して監督の表現したいものに徹底するなって思ったので、それがいいとかではなく単純にいろんなタイプがいるんだろうなって、面白いと思いました。

 

舞台よりずっと昔から音楽のライブのほうが圧倒的にいってますが、よくよく考えてみれば音楽も歌ってる人よりもそれを作ってる人のほうが興味があったりとかもそれ。

 

今思うとアイドルとかにはまれなかった理由の一つにこれが含まれてたりします。

歌い手と作り手が違うのに違和感を感じて。

今でこそ作り手の思いを歌い手が表現しているって理解ができるんですけど、当時はよくわかっていなかったです。評価されるのは歌ってる人だけで、作ってる人もすごいのに光を浴びないのはなんでだろうって。実際、自分が知らなかっただけで作り手として人気な人が五万といたし、どこで人気かを図る手段がテレビしかなかったんですよね。今はインターネットで、その人自身がツイッターやブログをやっていたりして、どういう考えで曲や作品を作ったかなど知れる機会があるのはとても面白いと思ってます。

 

表に立ってキラキラしている人の裏で、沢山の人がその人を立たせるために力を貸している。ある意味アーティストさんてみんなの作品そのものであって、その中のその人の個性って部分が根本にあるだなぁとかも。

舞台役者さんで人気な人たちって、顔とかももちろんあるとは思いますが、表現力、デザイナーさんみたいなものなんですね

知識量だったり、できることの幅だったり、技術の使い方次第なんだっなって。そう考えるとちょっと近い存在にも感じられて、舞台って面白いなあって思いました。

 

 

大体の話これ、通じるのかな。言葉がうまくないですね。

そもそもみんなこんなこと考えないで単純に好きな役者さんを見に行きますよね。

途中で「理論上の話で実際の行動としては反映してない」と書きましたが、現状はがっつり推しを見にいってる上で、自分自身について考えた話です。

一番は好きな役者さんが好きな監督や脚本家さんの舞台にでるのがいいですよね!

多分これだけは観劇好きな人に共通して言えることだと思います(笑)

 

ここまで読んでくれた貴重な方、よかったらどの視点で見てるかとかあったらこっそり教えて下さい😊

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