いろんなおぼえがき

人に読んでもらうっていう努力が基本的にないです

哀を腐せ 観劇

※素直な個人的感想です。出てくるセリフは曖昧なところあります。好き勝手な思考とか結構入ります。他作品の名前とか結構出てきます。

役者の話と役の話はごっちゃです。誤字脱字はいつものことです。

 

劇団時間制作「哀を腐せ」
@芸術劇場シアターウエス

 

途中で何個も舞台みてるはずなんだけど感想を書き留める気力がなくてほぼ一年振りになりました。

それも見てすぐまとめることもできず…月日すぎるの早い。

 

一年振り、2回目の時間制作さんの作品。「哀を腐せ」を観劇。

 

前回が「ネグレクトの問題を取り扱う陪審員たち」の話で、今回が「どう生きるかを扱ったツアーバス事故の裁判終了後」の話。

どちらもデリケートな問題であり、見て見ぬふり、もしくは他人事だとテレビの前でニュースを見る程度になってしまうことが多いのではと思うような題材ですが、今もどこかで誰かの現実なんだよなという感想。そんな話を谷さんは見事にまとめ上げていたのに感動しました。この辺は後で感想にするけども。人を選ぶ話といわれそうですが、個人的にはそこに切り込んでいく題材が好きで、今回の作品もすごく良かったです。でも前回よりも今回の方が万人受けだと思う。事故は誰にでもあり得る話だし。そんな感じの作品。

 

  【本編のおぼえがき感想】 観劇日:5回くらい

 

最初に3公演とってて、1公演増やし土壇場で次の日また1公演増やし…と見たい箇所気になることが増えていくのもそうだし、あのなんとも言えない感覚を味わいたくて通うこと今回確か6回くらい。毎回毎回見えるものが変わって、舞台って生物なんだよなぁという感動をもらえました。

公演期間の半分程度ですが、それだと飽きることはなかったな。全体的に役者さんたちの迫真の演技の中でぶつけられる感情に自分のキャパシティがなくて、どうしても受け止めきれなくて本当に今回は毎回絶対に泣いてた気がする。悲しいとか、辛いじゃないんですよ。不思議なことに。それもあるんだけど、それとも違う。本当に受け止めきれないものを舞台上からあの空間全てへぶつけられてる感覚がずっとすごかった。ずっとサビ。そのお話しが宙に浮くわけじゃなく、客席一人一人へ演者さんたちが投げかけてくる感じ。一人二人じゃなくて、キャストほぼ全員が。そんなことある?ってくらい役者さんたちんの力が溢れてて、それがきっちりと当てはまってて。内容も去ることながらとにかく役者さんのパワーをとにかく感じた作品でした。

 

全体的に思ったこと。

 

前回の作品は「全員うっすら嫌いで分かり合えなかった」っていうが一つの感想だったんですが、今回の作品に関しては特にそういうこともなく。全員の言い分がわかるし、でも全員その言い分が正しいとは言えないっていう。不思議なものでした。

なんだろうな…この人のこの言い分はわかるけど、これは違うとかでもなくて。同意はできなくても理解はできるっていう感情がずっと続いていきました。

本当に正解のない難しい問題で個々の主張をぶつけ合って、起きた事故に対して、結局個々がどう思って、どう折り合いつけたかがその人にとっての正解になる世界。もちろん悪いのは事故を起こした側にしても、実刑が出ればそれ以上何かができるわけでもない。

若干のやるせなさと、飲み込まざるを得ない理不尽な現実の苦しさが濁った水みたいにずっと残りました。それこそ作中はスキー旅行に向かう雪山だし、雪解け水は果たして綺麗なのか、みたいな……。溶けた水は濁っていてもおかしくない。綺麗そうにみえても汚いかもしれない。悲しみは溶けてもそれは泥になったかもしれない。川になったかもしれない。どれも正解で、どこで生きてるか、どういう立場なのかでも違うもの。

1時間50分の中にとても綺麗に収まっているのに、その短い時間の中だけで180度違う意見を聞いて行ったり来たり、いろんなことを考えさせられる作品でした。ラストも含めて。いろんなことを見ている中で考えました。辛くなりました。自分が親族や大切な人を亡くした当事者だったら尚更なんだろうけど、それとも該当しない他者なのに、彼らのことを彼ら自身も「共有できていましたか」と問いかけあっていましたが、わかるはずのない自分の立ち位置も含めたなんとも言えない辛さがありました。

 

今もニュースを見れば頻繁にバス事故って起きていて、明日は自分の番かもしもしれない。谷さんのいう作品が予習になればもよくわかりました。でも結局、なってみないとわからないだろうな……。なりたくはないな。ごめんだけど、わかりたくも本当はない。だから誰のことも否定できない。肯定もできないことも多い。そんなことを毎公演考えることに没頭できる時間は尊いものなのかなと悟りました。

 

内容の話。

 

どう内容の感想を書けばいいのかわからないので、それぞれの人物(家族)で分けます。

 

・椎名家(しおり/譲ニ/ほのか)

観劇後に友達と話してたけど、姉が無理すぎるという話をしていて、その気持ちもあの話を見てるとすごくわかるし共感もするんだけど、でも姉自体の行動や心理は否定できないなというのが私の感想でした。

まず、姉、すごく姉。わかる。姉がいる身からすると、同じとは言えないけど、なんか周りに別の大人がいるときの態度と妹への接し方と、あとこれは姉妹としてだけど父へと言いたいことがある時に共闘するところとかも、とても姉。わかる姉。本当に別にしおりがうちの姉全然似てるというわけじゃないんですけど、わかるーーていう感じの妹がいるリアルで絶妙な姉のキャラを作ってると思った。

姉の心理的な話をすると、亜蘭好きになるのもわかる気がするんだよなー。ちょっと気が強いのも姉って感じ。作中にも出てきたけど、同じ苦しみを背負って、亜蘭が婚約者想いなのも知っていて(というかそこしか亡くなってる限り見えてない)、それでいて同じことが共感できる立ち位置にいる同い年の男性、姉の心理に立ったら縋りたい気持ちにもなると思う。亜蘭は性格も良さそうだしできる実業家の男の人って感じだし、単純に好みだったとかカッコよかったとかもあったのかもしれないけど、心の拠り所だった部分と境遇が同じという己の立ち位置を利用してる部分もあったんだろうなとか。そうなるのは人の心理としてわからなくもない。

だからなのか、それとも私が姉という人物ってこういうもんだよなと諦めてるからなのか、正直あんまり私はイライラしなかった。母がああなってしまって、父が頼りなくて、長女という立場の心労を考えても頼りたかった部分もあるんじゃないかなとか。

あと姉に対しては、どれだけ言い合っても妹をちゃんと庇うんですよね。「ほのを責めないであげてください」って。姉妹なんですよね。ほのかの性格をちゃんとわかっている。でも父に対しては苛立ちしかないのもよかった。長女として、母と妹をみてたもんね。松田さんの、イライラして話切り上げて濁声みたいなため息ついてるのめちゃくちゃよかった。話きいてよ!!ってこっちがイライラする感じ。

 

父。父に関しては前回の12人〜の時のおじさん枠が谷さんツイキャスで言ってたけど「ハラスメントの擬人化」が当てはまりすぎてて(この単語が面白かった)めちゃくちゃイライラした分、それとはまた違う父を描いててすごかった。でもこの父もいるなー!っていう。娘二人から攻められて、口だけであやまって。娘二人が懐く威厳がない父親。でもこの父が最後、妻が死ぬかもしれないという間際でようやく現状を実感したのがすごくよかった。そうなんだよ。人って時差で理解するのもだけど、本当に死の間際で死をようやく理解することある。「悲しめないじゃなくてシンプルに悲しくないの」としおりに言い切られて、亜蘭に「実感がないだけですよ」と言われ、本当に最後の最後でようやく、「妻が(この呼吸器を自分が外したら)死ぬかもしれない」ってようやく気づくの。現実に焦点が此処で追いつくの。よすぎ。谷さん天才。父失ってから気づくもの多そう。でも、のちに亜蘭の話としても書きたいけど、人の死や事故を受け入れられるスピードって人それぞれっていうアクセントがあってとてもよかった。

 

ほのか。この話の中心になる子なんだけど、姉にも言われてたけどわがままなの妹感あったな……。結局話を振り回してたのはこの子な部分もあったし。でも言ってることは間違ってるとは言い切れない。特に、あのバスに乗ってた当事者は私たち、という、忘れられない記憶を話すシーン。雪降ってきたのフッと寒くなる感覚して鳥肌たった日ありました。

そりゃそうだよねって…忘れたい、腐らせたい、風化させたい。辛い思い出を消したいと思うのは当たり前だって。それは姉と父と三人で暮らし始めた日からの記憶もそうなんだろうなって。あの場で母が死んでいたらよかったという気持ちも、この話全篇通しても本心であっただろうし、結局その気持ちと、母は生きてると思いたい気持ちと、辛い気持ちと、忘れたい気持ちと、楽しかった思い出と、また死んでいたらよかったのにっていう終わらせたい気持ちと、全てがずっとずっとループし続けていたのを思うと本当に苦しくなりました。作中でも「裁判が終わったらもうちょい楽になると思ったのに全然で」っていうそこまでの我慢がブツっときれて、呼吸器を抜きに行くって話になったと思うんだけど、でも結局母が生きてた頃を思い出していたら、やっぱり生きてると心が戻っちゃうあのシーン、此処だけは本当にいまだに言葉にならない。なんでそうなったのか理解はできるのに、なんて言ったらいいかわからない。受け止めきれない。ほのかの人生そのものだし。

その後も結局終わらせたいにまた戻ってラストのシーンなのかなって。ラストそうなるんだって衝撃もだったけど、初見十字架のように灯る照明に映し出される壁こんなだったっけ?!という怖さと、まったくほのかが立ってることに気づいてなかったので照明当たった瞬間怖すぎて本気でびびりました。本当に怖かった。前回の12人の時もいいなと思ってたけど、岡本夏美ちゃん本当すごい。すごい女優さんであったなと思います。今後も楽しみだし、明るい作品にでている岡本夏美が見たい。笑

 

・和久井家(琴子/仁)

真ん中あたりの観劇で琴子さん見ててスイッチ入っちゃって永遠に泣いてた日があったんですが、この話の中で正直一番辛いと思ってるの琴子さんでした。みんなそれぞれ辛さを比べるもんじゃないけど、客観的に見てたら「なんで私じゃなくてあの子だったんですか」って、同じ事故にあって子供だけ亡くなってたら、自分だったら本当に気が狂ってると思う。そういう立ち位置で自死を選ぶ人だっているくらいだし。抱きしめたのに助けられなかったとか無理すぎる。だからこそ琴子は気を病んでしまってたんだと思うけど、思い出してもなんか泣きそうになる。子供産んだことはないけど母親に愛されて育った自覚があるのでなんか想像できる。一番しんどいかもしれない。

琴子、ずっと自分を責めてた人。ほのかに向かって「当事者って一緒にしないで」と怒ってたけど、この作品、当事者とされる事故にあった4人の立ち位置と感情で本当に綺麗に4つに分かれてるのもよくこんな話作れるなと驚いたポイントでもあった。自分のショックもだけど、自分と子供。ほのかに死んでる人間について冷たいんだよ魂が抜けてるっていうか、みたいな説明をしてるところの琴子さんの目がしんどすぎた。なぜあの子だったのかの理由をずっと探してる人。

対照的に、意味をつけようとしている仁さんは、この物語の中で一番分かり合えなかったー。死んだ人の感情を決めつけるのが一番無理でした。意味とか理由とか。のちのノブがツッコんでるけど、死んだ人間がそんなこと望んでるのかと。笑って生きててほしいと思ってるじゃないかって。琴子は、あの子だったらそんなこと言わないっていうシーンもあったりして、なんとなく息子だったらをわかってるのに自分を責め続けたせいで前に進めてないイメージだったけど、仁に関してはこうじゃないと自分が!!忘れていくのが辛い!!という、終始自分本位な考えだったと思う。分かり合えなかったけど、でも最後のノブと勝利を見てて、笑い出したのは先に仁なんだよな……。何かしら彼も思うことはあったけど、納得できてなかったということなんだろうか。私は彼の考えが最初からよくわからなかったので、唯一こうなんだろうか、というのが出てきませんでした。

二人とも、亜蘭にしたラストの問いかけで「……ありません」という言葉に救われていたらいいなと思います。それが救いなのかも、正解なのかも、きっと答えはないことなんだろうけど。個人的には救いであってほしいと思いました。息子はパパママに笑っててほしいと思うよ。

 

・荒川家(真澄/きらら)

純粋にきららちゃんの立ち位置!!!ってなる親子。

琴子さんのところにも書いたけど、唯一事故にあってよかったという立ち位置の子を置いたのこの話いいなと思うポイントでもありました。そりゃ確かに、事故に遭ったら悲しいけど、しかも障害も残ってるけど、でもきっと世の中にはそれが「不幸である」と決めつけることもあってはならないのかもしれないと気づくきっかけにもなった。悲しくも思ってしまう親子の微妙な関係がとてもよかったです。

初日は空席でやってるのもすごかったけど、それ以降、代打で急遽ご出演されていたやまうちせりなさんも中1日で作り上げたとは思えないお芝居で、難しい役だったと思うのに純粋に尊敬でした。無事に山口まゆさん揃ってからのシーンも全て入った完全版で勝利の件の補足が入り繋がったけど、山口さんのきららもよかったな〜〜。ツイキャスできららちゃんは発達性吃音じゃなくて獲得性のほうだと話されてたから、言葉は戻る可能性があるにしても、足は動かないのにやりたいことを見つけられたというのはすごい…。ただ、心理的には彼女に対してそれはよかったね、と言いたいところだけど、そうなった背景が毒親が絡むのが精神的にきつい。よく考えるよ…と。谷さんすごい。背一定的にはめちゃくちゃ盛り込まれてるのにしつこさがなくて、さらっと入れ込まれる設定が結構えげつない。ただ、きららに関しては愛されてる過干渉の方だったからまだ、という気持ちもありつつ、でも終始可哀想!!こんなになちゃって!!と本人目の前にしてあれこれいうのは無理すぎた。あの子布団が変わると眠れないから〜とか、個人情報を他者に喋るな。娘を所有物化してるのは本当に嫌でした。でも一つどうするんだろうと思ってるところがあって、きららちゃん、結局足動かないから親を今後も頼るしかないんですよね。それでいて事故に遭ってよかったというの。反抗期というのか。

親から離れたいのに離れられないような体になってるの、皮肉がきいてるなと思いました。

あと、成年後継人の書類をラスト破いてるのしれてよかった。なってないだろうなと思ったけど。彼女なりの正義を貫き通すタイプじゃなくてよかった。

 

・間宮家(ノブ/勝利)

初見見てて、意味とか理由とか、死んだ人のために〜とか。そんなこと死者が望んでるのか??と思ってたことをすべてこの人が言うとは思ってなかった。ノブ。

ノブ辛すぎる〜〜〜全人類ノブみたいな人好きでしょと観劇終わりに友達と話てたりしましたが、あのキャラクターで根は兄の忘形見に対する思いがあるの、ほんとにさ。悲しみの根深さがすごくて。でもツイキャスで谷さんおっしゃってたけど、ノブと勝利ってある意味兄弟みたいなものなのかと。ノブのとって兄は親代わりみたいなところあったんだろうなとみてて思ってたけど、年の近さも兄弟都変わりないくらいだし、本当に自分と勝利の面倒をみていた兄のこと、とても尊敬してたし大好きだったんだろうし、勝利の母については触れられてなかったけど、二人を大切にしてたのもわかるし、もう本当になんか辛い。言葉にならない。最初から飄々とした感じで金ため〜と辛さとか悲しさがみえない振る舞いだったノブはずっと「今」を一生懸命生きてる人だった。考え方一番近いのはノブだった。死者は望んでない。みんなに笑っていてほしい。ノブの兄はノブの育て方間違ってなかったよ。勝利も。一生懸命生きることをしてた二人。それに勝利がノブに対して「僕がいなきゃダメなんです」っていうのを理解してたのが、勝利も勝利なりにノブをしっかり見てたのがとてもよかった。勝利がいなかったらノブもうこの世にいなくてもおかしくなかったんじゃないかなと。ある意味自分がノブを繋ぎ止めてるの理解してて、あいつには自分がいなきゃ一人になってしまうと。勝利〜〜〜〜〜。

この作品でなんだかんだ、ノブが一番危うさあったんだろうな。現実を見てる分、多分。冒頭のシーンで、なんでお前見たいのが生き残ってんだよっていうの。多分あれ勝利に向かってじゃなくて自分に向けて言ってたと認識してるんだけど、どうなんだろう。仕事もばっくれてまともに働けねぇとか。その辺も含めて。施設の金払えという勝利のセリフも、一人で全部やれ、いい大人なんだからも。自分、ノブに向けてだったよね。あってるのかな。だんだんとイライラして貧乏ゆすりずっとしてるのも、ノブよかった。

この二人の、ラストの「これは〜〜いらない」「おい、なげんな」っていうシーンがすごく好きで。愛しかった。勝利はすごい。二人とも悲しみに向き合って現実を見て前に進もうとして。とてもよかった……幸せになってほしい………。

 

・堤亜蘭

家族で参加してないのでフルネームだけど…。亜蘭くん。

この話で一番共感できること言ってたのはノブだし、最後までみてると亜蘭がなぜ淡々と進められていたかもわかるんだけど、私も多分亜蘭と同じタイプかもしれないなと思った人物。一言の感想でいうと亜蘭くんめちゃくちゃ理系っぽい。自身でも若くして会社を経営してて、上場しようと思ってるというところまで持ってける頭を持ってるからこその、あの進行具合。物事順序立てて、みんなに言語化を促して、悲しみを共有することによって裁判に勝てたという。感情ではなく現実的にって進め方。多分私も実際はそっちのタイプな気もする。起きてしまったことが変わるわけじゃない。じゃあ「今」何をすべきかを考えていると思う。

ちょっと脱線するけど、亜蘭はお話しを進める上で欠かせない人物だけど、太田将熙さんほんとすごいなと初日役みてびっくりした……。毎度贔屓目で話はするけど、今回もそれなくとも、私この話初見でも多分亜蘭の役はびっくりしてたと思う。あの役者さんすごいってなってたと思う。たまにこういうことあるけど、今回がそれで。うまく言い表せないけど衝撃強くて。気軽に将熙くんとか呼んでていいのか…と初日動揺してました(感想ではない感想)淡々と進めようとする前半と、周りを観察して意見を汲み取ろうとする仕草、本音を言ったあと、みんなを見てこれでいいのかと問いただすところ。鳥肌でした。全員をみて、言葉ではない芝居してる。難しそうだし、すごい役だったと思う。

話戻して。このお話勝ったところからスタートするからその過程のころを遡る場面もちょこちょこあったけど、多分彼は一生懸命「目標」に進んでたんだなって。もちろんそれも間違いではなく、とても良いことで実際裁判勝ってるんだけど、実際に最後に吐露された自信の気持ちを考えると、この話総合的にやっぱり何が正しかったのをかを問われてると思った。

亜蘭くんだけが加害者の会社の社長の自殺を笑わなかったり、加害者自身の懲役が妥当だと言えたり。それは亜蘭がすでに7.8ヶ月目にはあれ?っとなっていたからなのか、元からそういう人間だからだったのはか少し気になるところではあるけど、どっちなんだろう。

7、8ヶ月をすぎた頃、彼は自分にはもうない悲しみの「言語化」を周りの人たちにき促していた心境も気になりました。周りと同じような悲しみがなくなってしまった自分を冷たい人間だと嘆いていたのか。それとも、裁判に勝つために「言語化」という言葉を使い続けていたのか。裁判より前に気持ちが変わった亜蘭はその時どんな気持ちだったんだろう。亜蘭は自分は冷たい人間だと言ったけれど、これは人によっての悲しみの癒える速度の違いなのかなとかも。譲ニさんのところでも話したけど。そこに正しいも間違ってるもない。亜蘭がそうだっただけ。

ここのシーンに関しては、そのあとにほのかの呼び方を「ほのかちゃん」と変えて訴えたり、ようやくこの会の会長ではなく、婚約者を亡くした堤亜蘭として全員に訴えかけるシーンがすごく良くて。自分が始めたことだから終わらせなきゃならないと気づいたのところ。だからこその、その後の「烏滸がましかったんだな、僕は」のセリフが効いててめちゃくちゃ良くて。本当に好きだったシーンでした。太田さんの芝居もあるけど、人の感情を決めつける、自分が変えられる、導ける、そう思うのは烏滸がましいことだと、本当に自分自身が割と最近思ってたこととも重なるのもあるけど、とてもよかった。仁さんの次に笑いだすシーンが。烏滸がましかったという言い方が。そうなんだよなぁっていう説得力のあるお芝居が良すぎて。亜蘭は父を思い出す勝利を見て、この人たちにはまだこの会が必要だって、最初は否定気味だった侮辱罪を進めることを途中で選んで、その後はやっぱり違う、ここにいてはダメだと諭して、亜蘭が全てに対してあのシーンで「烏滸がましかったんだな」は本当によい。良すぎて二回言った。

あと、亜蘭の好きなシーンは琴子さんのところでも言ったけど「……ありません」ていうところ。全体を見回して、そう言葉にするのがこの話のラストとしてとてもよかった。そう、ないんだよ。理由も意味もなんもない。運がいい悪いもない。ただ、起きてしまっただけ。それが現実。

最後に、亜蘭が指をつけ続けてる心情は知りたい。自分の気持ちの問題なのか、社会的な他者へのアピールだったのか。裁判が終わり、指輪をとるのか。

ここまで考えられるのが楽しい。

 

最後に人の話じゃないけど、SNSで誹謗中傷と言われていた内容について。

書き方が悪いしあれだけが全てではないにしても、あれ全てが誹謗中傷かと言われたら違うっていうところも面白かったです。というか、この作品にでてくる誹謗中傷といわれていたつぶやきは割と的を得てるものもあると思った。それこそ彼らが社長の自殺を自業自得と言ったの。その人の家族からしてみたらバスツアーの被害者だって加害者な訳で。笑っていい事案じゃない。とはいえ、自分が当事者だったらを考えるとまたわからなくなる。被害者といっても立場によって見え方が見え方が違う。そんなところまで細かく盛り込まれてるのもすごい話でした。

あと作品中過去のバス事故について調べたりもしたけど、本当に事故減ってほしいですね。

 

素敵な舞台をありがとうございました。

 

丁度トータルペインの受付が始まりましたね。

観に行きます。楽しみにしてます!

 

 

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